有坂芙美子
ヴィノテーク・ファウンダー
フランス共和国「農事勲章シュヴァリエ」叙任(2004)
人々はまさに、予想もできないチャンスや手段によってワインと出会います。
「そこにワインがあったから」というのは日本人には、千載一遇のチャンスであっても、ワイン生産国のヨーロッパでは、あまりにもありふれた動機といえるでしょう。
それなのに、近藤聰さんは、ワインとはあまり関係なさそうな「フィリピン・マニラ」で、あわ立つピンク色の飲み物の容器にされていた「シャトー・ラフィット・ロートシルト1938」に出会ってしまいました。
「ラフィット」の類いまれな価値をご存知だった近藤さんは、生誕年と同じヴィンテージ1938のラベルに遭遇して運命的な出会い、と感動されたのでしょう。
芸術家の魂には、それをきっかけに巨大な幻想が育まれて『1763年ものの極上葡萄酒』へと、作品が昇華しました。
ワイン愛好家は、いつも「最上級」のワインを飲んでみたいという、夢をもっています。世界各地の風土を反映するワインは、最上級と言っても、マラソンランナーの勝者のようにたった一種類ということはありません。よい産地とよい収穫年に恵まれると、愛好家はあれも飲みたいこれも試したいと、実に、迷いに迷うことになります。
しかし、「シャトー・ラフィット」は夢のトップに挙げられるワインであります。そのような唯一・無比のワインに、華やかなエピソードや話題性があればあるほど、ワインは実質的な価値を超越して、想像力の世界へと飛躍します。
1868年に、ドイツ出身のロスチャイルド家がラフィットを買ったのは、銀行がある通りの名前がパリのラフィット通りだったから、といわれています。当主のバロン・ジェイムス・ロスチャイルドは後継者となる息子に「我々は銀行家であって農家ではない」といったけれど、投資としてシャトーを買ったのです。
1980年代、一族を代表してシャトーを経営していたバロン・エリックに会ったとき、彼は言いました。「ようやく、シャトーワインから利益が出るようになった」と。いかにもバンカーらしい言葉だ、と思ったのですが、投資は百数年後に大成功になったわけです。
2005年ヴィンテージはプリムール販売(まだ樽熟成中に売り出す)では、初めから500ユーロの値段で、今や天文学的価格で取引される時代になりました。今後、ラフィットのようにメドックのプルミエ・グラン・クリュ・クラッセは、高くなっても安くなることはない、という時代を迎えています。
ボルドーの8大シャトーの中で、シャトー・ラフィットはもっとも繊細なスタイルを表現しているので「老熟してもエレガントな貴婦人」と呼ばれています。
ところで、1938年。シャトー・ラフィットのセラーで見つけたとき「マイ・ヴィンテージだ」といったところ、バロン・エリックの答えは「バッド・ヴィンテージ!」とそっけないものでした。しかし、空き瓶だけでなくワインは実存しているのですよ、近藤さん。
幻想的なワインブックである本書は、読者を楽しい世界へと誘ってくれるでしょう。