第一章:野田を彩る自然
14のトリビア
海の幸で栄えていた縄文時代の野田
東遷・利根川の流れを変えた家康の大事業
東遷の立役者、伊奈忠次はフリーターだった
時代劇のロケ場所だった野田橋周辺
陸の関所と同時に「川の関所」があった関宿
「関宿水閘門」はパナマ運河方式
明治の民活で完成した「利根運河」
お雇い技師、ムルデルの月給は閣僚級
外輪蒸気船・通運丸は“文明開化の象徴”
日本最大級の木造橋「とんとんみずき橋」
鉄道網とトラック輸送で激減した運河の通航船
大町桂月が愛でた美しい桃花の里
空にオオタカ、湿地にカエル、利根運河は生き物の「ふるさと」
現代版「富嶽百景」に選ばれた4地点
第二章:野田の風土が生んだ歴史と文化
22のトリビア
「出世城」関宿城にも不遇の殿様がいた
五街道のバイパスだった日光東往還
放牧「軍用馬」から農民を守った野馬奉行
吉宗の鹿狩りは鳥獣害対策だった
水戸VS井伊、水上の大喧嘩
関宿の治水家、船橋随庵を救った江戸家老
句ではなく“謎”を残した一茶さん
漱石のデビュー作に登場する「野田の酒屋」
「高梨本家上花輪歴史館」に見る醤油文化
見学は予約でゆったりと、「茂木本家美術館(MOMOA)」
郷土博物館設立に尽力した考古学者と建築家
今も残る関宿城の「埋門」と「本丸の一部」
昔ながらの方法で復元された牧士の家・旧花野井家
築80年、中央小の3年館、7年館は今も現役
野田のまち歩きはレトロな洋風建物がいい
野田を「アトリエ」とした櫻田精一と「丁亥会」
地名で辿る野田の歴史
住宅街から文化発信、ミニ美術館と俳句館
タウン誌『とも』創刊者夫妻のマルチタレント
野田フリーク大集合、観光ガイド「むらさきの里」
ボランティアガイドが選んだ野田の名所ベスト20
野田の市内局番は四桁、大阪にも負けへん
第三章:野田ゆかりの人々
16のトリビア
「近代将棋の父」関根金次郎のルーツ
“日本の公園の父”本多静六が手がけた清水公園
関宿の眼科医・高野敬仲のコピー術と舟運ネットワーク
山中直治が全国に広めた童謡「かごめかごめ」
小津安二郎の野田の休日は「日々是好日」
「野田まんがクラブ」下川凹天は元祖アニメ監督
「健康のシンボルにあらず」世界初、池松博士のいびき研究
昭和4年、校長先生の渡米土産は国旗掲揚ポールと鉛筆削り
終戦内閣・鈴木首相の江戸川酪農構想
野田文学を支えた宗谷真爾は小児科の先生
“日本のコカ・コーラの父”は醤油醸造ファミリー出身
野田の「ダヴィンチ・コード」を追う研究家
“野田で一号”の資格を三つも持つ報恩寺の「大黒さん」
コミック『サーキットの狼』池沢さとしは生粋の野田っ子
漫画家ますむらひろしが描く野田のメルヘン
経営と文筆活動を両立させた中村テント会長の意気軒昂
第四章:野田の教育と市民活動
10のトリビア
久世の御名算・関宿は教育先進藩だった
金乗院の「算額」は江戸の数学頭脳の証し
茂木家六代目がつくった地域育英資金
大正末、50メートルプールもあった「小学校経営案」
御神木の下に石碑、理科大合格神社のご利益
“パフォーマンス能力ある科学技術者”リカちゃんは長万部から
世界が信頼する理科大・火災科学研究センター
博物館がキャリアデザイン支援の拠点に変身
6月15日は「えだ豆記念日」、枝豆と醤油で新「のだブランド」をつくる
上総・下総・安房・常陸、郷土の本は「崙」の手で
第五章:野田の食・しごと・醤油
24のトリビア
野田にしかない醤油カステラ「風紫」
明治の作家、長塚節もほめた「野田せんべい」
鰻も焼鳥も日本一へ、老舗川魚問屋の新事業
Noだじゃない。野田! 大盛況「ロンドン焼鳥チャリティ」
醤油のDNAが生むイタリアン「コメ・スタ」
ミニランドセルで「思い出づくり」
ギネスに載った世界最大の「東電新野田変電所」
「川や水のある所に人は集まる」野田の酒と味噌
醤油づくりあれこれ、「煉瓦蔵と仕込桶」
ソイ・ソース輸出の歴史
「おむく様参り」とセットになった醸造蔵見学
醤油づくりに貢献した歴史上の人物たち
商誘銀行は実は、「醤油銀行」だった
ウィーン万博「醤油入賞」が促した博覧会開催
キッコーマンの私営水道料は県内一安かった
初代茂木啓三郎の慈善事業が掘り当てた井戸
最盛期には千人以上いた和樽の匠
20年ぶりに製作、100年もつ仕込桶
宮内庁御用達、「御用蔵醤油」がつくられる城
「日英博覧会」で幕を開けた濃口醤油の時代
醤油を「むらさき」と言うのはなぜ?
大震災の被災者に喜ばれた醤油
西へ走れ! 石油ショックで醤油22万本緊急輸送
白醤油で独自の道をいくキノエネ醤油
第六章:野田を元気にするお祭り&スポーツ
8のトリビア
総延長は60キロ、「サイクリング天国」野田
空もフィールド、日本最大級「関宿滑空場」
“自然が難敵”市内に8コース、野田のゴルフライフ
法大野球部が支援、燃えよ! 野田の少年野球
砲術演武も見られる関宿城まつり
昭和29年、「つく舞」復活に柳田國男が来た
伝統行事を守る難しさ、奇祭「どろ祭り」の休止
200年以上も続くオビシャ(1年神主)制度
第七章:野田の交通今昔
6のトリビア
醤油樽運搬で活躍した「人車鉄道」
“醤油マネー”で誕生した県営鉄道(現野田線)
陸軍鉄道連隊は鉄道建設の強力な助っ人だった
昭和8年、初の“ミステリー列車”は野田線を走った
土地に歴史あり、野田の車検場に「日劇」が建っていた!?
人気No.1、「まめバス」は市町合併で実現した