人妻の経済学

人妻の経済学
[著]門倉貴史
価格:1,365円(税込)

はじめに 「人妻」と「主婦」の違いとは?

いま、「人妻(married woman)」という存在が一躍脚光を浴びている。たとえば、経済の分野では、家計の財布の実権を握っているのは夫ではなく「人妻」であり、彼女たちがどのような商品・サービスに興味を持ち、どれぐらい消費をするかによって、日本の消費全体、ひいては景気の好不調が左右されるようになった。

潜在的な人妻の消費マーケットは125兆2490億円


では、「人妻」の消費マーケットはいったいどれほどの大きさになっているのか。①夫の平均収入、②妻の平均収入、③全国の夫婦の世帯数、④家計で財布の実権を妻が握っている度合い(アンケート調査)、⑤平均消費性向(可処分所得のどれぐらいを消費に回しているか)などのデータをもとに筆者が計算したところ、08年の「人妻」の消費マーケットの大きさは約84兆6930億円となった。

実際に消費に回っている金額だけでも相当な規模と言えるが、魅力的な商品・サービスがないという理由で、仕方なく貯蓄に回っているお金もある。

そこで仮に、「人妻」をひきつける商品・サービスが世の中に出回るようになったとして、それまで貯蓄に回っていたお金が(夫の定年退職まで)毎年均等に消費されていくものとして試算をすると、潜在的な「人妻」の消費マーケットの大きさは、08年で、なんと約125兆2490億円にも達する。

つまり、「人妻」の消費市場は、企業のマーケティング戦略如何で、現状の1・5倍の規模まで膨らむ可能性を秘めているということだ。

また、夜のビジネスにおいても、「人妻」の風俗嬢が目覚ましい活躍をしており、世界不況の中にあっても、「人妻専門店」はマザーコンプレックスの傾向がある男性客を中心に人気を集めている。一方、ポルノ・官能小説では「人妻もの」や「熟女もの」の売れ行きが好調だ。  さらには、ラブホテルや温泉街、アリバイ会社、美容整形外科など「人妻」が不倫の恋に陥ることによって、直接・間接に恩恵を受けている業界もある。

2ちゃんねるでも人妻の影響力が強まる


人妻の台頭は、「人妻」のイメージを前面に打ち出した男性向け商品がヒットしている点からも伺い知ることができる。

たとえば、サントリーが出している麦芽を使った第三のビール「金麦」。08年12月期の決算では「金麦」の販売数量が前年に比べて2・3倍に膨らんだという。

なぜ、「金麦」はヒットしたのか。「金麦」が大ヒットした裏には、値段の安さや味わいといった商品そのものの魅力もさることながら、人妻のイメージを巧みに使ったテレビCMが世の中のサラリーマン諸氏を魅了したことがある。

テレビでご覧になった読者も多いと思うが、「金麦」のCMには、宝塚歌劇団出身で女優の檀れいさんが人妻役として起用されている。夫の帰りを待つ人妻の設定など、様々なバージョンが出ており、なかには「こんな人妻いるはずない!」と思ってしまうものもある。しかし、中高年サラリーマンには総じて好評で、CMが流れた当初、「あの女優さんは誰?」という問い合わせが相次いだという。

このテレビCMにやられて、会社帰りに思わず「金麦」を買ってしまうサラリーマンが続出することとなった。
「人妻」の台頭を反映するかたちで、インターネットの世界でも「人妻」の発言力や影響力が強まってきている。一例を挙げると、現在、電子掲示板「2ちゃんねる」で最強との呼び声が高いのが「人妻」の掲示板なのである。
「2ちゃんねる」の世界では、「人妻」は「鬼女(きじょ)」と呼ばれて恐れられている。なぜ、「人妻」が「鬼女」と呼ばれているかというと、「既婚女性」→「既女」→「鬼女」という連想から来た当て字ということらしい。「既婚女性(=人妻)」の掲示板には、ドロドロとした人間関係や他者への痛烈な批判がすごい勢いで書き込まれているという。ネットの世界で「鬼女(=人妻)」に目をつけられると、大変なことになるかもしれない。

そもそも「人妻」という言葉には、不思議な魅力がある。「人妻」とは、簡単に言ってしまえば「他人の妻」になった既婚女性のことであるが、世の中の男性にとって、この言葉は何か想像力をかきたてられる特別な意味を持つのだ。

なぜ、男性が「人妻」という言葉に強く惹かれるのかを考えてみると、おそらく「人妻」という言葉から、「家庭の外にいる女性」と「家庭の内にいる女性」という、相反する印象を同時に受けるためではないだろうか。生活臭がなく「家庭の外にいる女性」として手が届きそうでありながら、実は「家庭の内にいる女性」であって手が届かない。いわば「高嶺の花」というイメージであり、それが男性の想像力をかきたてるのだ。

一方、「人妻」と似た言葉として「主婦」というものがあるが、私たちが「主婦」という言葉から連想するイメージは、完全に「家庭の内にいる女性」であり、閉じられた生活の中で自己完結している女性である。そこには、「人妻」のように憧れを抱くロマンティックなイメージは含まれていない。

既婚女性について「家庭の外にいる女性」を「人妻」、「家庭の内にいる女性」を「主婦」としてとらえるのであれば、「人妻」と「主婦」の行動範囲は大きく異なってくる。「家庭の外にいる女性」である「人妻」の場合、たとえば、ベッドタウンに居住しながら都心に立地する大企業に勤める人が多く含まれ、そうした女性は通勤時間も合わせて外にいる時間が長くなるため、自然とおしゃれにも気を使うようになり、そこで美容・ファッション関連の消費が増えるという効果が期待できる。

一方、「家庭の内にいる女性」である「主婦」は、どちらかといえば地元地域密着型で、外で働く場合も、地元のスーパーなどでパートタイマーとなるケースが多い。外にいる時間が短く、都心に出て行くこともあまりないので、おしゃれにはそれほど気を使わず、結果として美容・ファッション関連の消費は増えない。

このように考えると、美容関連にどれぐらいのお金を使っているかによって、既婚女性を「人妻」と「主婦」に区切ることができるかもしれない。
「人妻」と「主婦」の微妙なニュアンスの違いは、言葉では説明しづらいところだが、ちょうど『Yahoo! 知恵袋』で、「人妻と主婦の違いは何か?」という質問があったので、そこでベストアンサーに選ばれた回答を紹介しておくと、タレントにたとえた場合、「人妻」代表は黒木瞳さん、「主婦」代表は上沼恵美子さんというものだ。

このアンサーは、筆者の考えるイメージともぴったり一致する。本書は、恋愛市場や不倫市場といった題材についても言及する都合上、既婚女性を「主婦」としてではなく「人妻」として取り扱っているが、読者が具体的なイメージを想像したいときには、黒木瞳さんを頭の中に思い浮かべていただければと思う。

さて、本書は、『人妻の経済学』と題して、「人妻」たちの持つ様々な顔を「消費・投資力」(第1章)、「節約」(第2章)、「労働力」(第3章)、「不倫」(第4章)、「性風俗」(第5章)といった5つの切り口に分けて分析していく。各章では、様々な「人妻」のエピソードも紹介している。読者は、いずれのテーマにおいても、「人妻」ならではの経済行動を垣間見ることができるだろう。

本書を読んで、世の中の「人妻」たちが持つ潜在的なパワーを肌で感じていただければ、望外の幸せである。

2010年2月吉日
エコノミスト 門倉貴史

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