あまりにも無責任な風評が世間に流れている。この風評が幅を利かすために、本当に大切なことがわからなくなることが、ままある。
わかりやすいケースを一例出そう。
「未成年による凶悪犯罪が昨今急激に増えている」。この風説に対し、見慣れた識者たちが、いい加減なコメントを発する。
「バーチャルと現実の境界が曖昧になっている」「戦後教育により日本的道徳が廃れた」「バブル崩壊以後の不況と小泉改革があいまって、人心が荒廃している」。ほとんどの人は、本当に最近、子供の凶悪犯罪が多発していると錯覚するだろう……しかし。
未成年の凶悪犯罪は激減している。それも、直近5年は過去最低水準の少なさなのだ。
●殺人 ピークは1960年で、当時は直近(03~07年平均)の約6倍。70年代前半でも現在の2倍。
●強姦 58~67年の平均は年4000件超。80年代の平均でも年700件超。直近は約120件。
●暴行 58~67年まで年平均1万件超。80年代の平均でも年6000件超。直近5年は2000件弱。
●傷害 58~70年まで年間1万件超。80年代の年平均も1万件超。直近は8000件弱。
●強盗 48年の3878件が最高。90年代後半に増加し始め、直近は1300件超。
●強制猥褻・放火 60年代前半が最高で、直近の約2.5倍。
●恐喝 60年代前半が最高で、直近の約4倍。
どうだろう。強盗以外の凶悪犯罪はすべて直近5年で過去最低になっており、強姦は30分の1以下にまで減っている。戦前教育が悪かったとか、小泉改革で社会が荒んだとかいう議論が、現実を知れば無意味になるのがわかる。
ここに並べたことは、「少年犯罪」と入力してネット検索するだけで、どの検索エンジンでも上位5番以内に入る「少年犯罪データベース」(主宰:管賀江留郎)のトップページで簡単に調べることができる。もし、良心的な識者がいて、「けっこうな出演料をもらうのだから、それ相応のコメントをしなければ」とテレビ出演前に、ちょっとでもネットを叩いたら、まったくコメントは変わる。しかし、そんな奇跡は起こらず、今日も識者は繰り返す、「少年犯罪は増えている」と。
雇用に関するコメントだってまったく同じ。根拠のない風説が半ば常識と化している。
本書では、雇用における「作られた常識」に対して、本当のところを追求してみたい。その結果は、いずれも言われている姿と現実が大きく異なることになる。そして-風説とはまったく違った形で、これからの危機に向け、もがいている日本の姿がうっすらと見えてくる。こっちのほうがよっぽど大切だ。もがいている間に、もう時間との競争に入っている……。
本書の1章と2章は、雇用・労働問題に関する“常識”を、データで一つ一つ喝破している。一読されれば、「少年犯罪に関する常識」と同じように、雇用に関する現在の常識を疑わしく感じていただけるはずである。
3章では、雇用問題を語るときによく引き合いに出される「データで補強され、一見客観的に見えるため、真実と誤解しがち」な俗説に対して、その誤りをやはりデータで喝破する。同時に、では、なぜ、識者は非常識を語るのか、を次の題材にする。結局、彼らはまず最初に、自分の言いたい主義主張があり、それを話したいがために、テレビに出演しているのだろう。題材が「ネット犯罪」「引きこもり問題」「サブプライム破綻」「麻生太郎の不人気」とどんなに変わったって話しているのは、「企業が悪い」「小泉改革反対」「若者がかわいそう」であったりする様を取り上げてみた。
そして最後に4章。現在起こっている事象の良い面も悪い面も公平に秤にかけたうえで、今後どうすべきか、政策提言を2つほど行った。世間を大いに騒がせた「非正規雇用」と、今後世間を大きく騒がせるであろう「移民」について、簡略に処方箋を挙げている。
私は、労働・雇用領域の末席に名を連ねる一ジャーナリストである。同領域で研究を旨とする方々と比べ、多少論理に粗っぽさが目立つことはお許しいただきたい。ただ、ジャーナリズム本来の姿として、誤った方向に進みつつある社会に対して、警鐘のための一石を投じられたら、との思いで本書を綴っている。