光秀の子孫が解き明かす
「本能寺」の謎、驚愕の真実!
本能寺の変は、信長による“家康討ち”だった!
── 大好評重版続々!
誰もが知っている「本能寺の変」には、誰も明確に答えられない7つの謎があった。
(1)謀反の動機は何か、(2)なぜ信長はあれほど無警戒で本能寺にいたのか、(3)なぜ光秀は本能寺の変をやすやすと成功させ得たか、(4)家康の安土城訪問と上洛がなぜ無警戒だったのか、(5)光秀は本能寺の変以降、どのような政権維持策を持っていたのか、(6)三河に戻り織田領を攻め取った家康に咎めがなかったのはなぜか、そして(7)秀吉の中国大返しが成功した理由は……?
著者は明智光秀の末裔にして、情報システム分野のベテランビジネスマン。光秀の血脈が生涯かけて解き明かした真実に、読者は驚愕し、やがて深く納得する。
[著] 明智憲三郎(あけち・けんざぶろう)
本能寺の変に続く山崎の合戦の後、明智残党狩りの手を逃れた光秀の子、於寉丸(おづるまる)の血筋を引く。
1947年生まれ。72年に慶應義塾大学大学院工学研究科修士課程修了後、三菱電機株式会社に入社。一貫して情報システム分野で活躍。現在、株式会社第一情報システムズ常務取締役を務める。
会社勤めのかたわら本能寺の変の研究・調査を続け現在に至る。明智光秀公顕彰会会員。土岐会会員。














