かつてドッグ・イヤーと呼ばれたのはコンピュータ業界だけだったが、いまはあらゆる業界がドッグ・イヤーで動いている。ビジネスモデルの陳腐化スピードも高まり、今までどおりではない新しい発想で常に取り組んでいないと成果は継続できない。
仕事は細分化され、それぞれの分野で、高度な専門知識が当たり前のように求められるようになった。組織求心力と個人のやる気だけで成果を上げるのは限界である。高度な専門性を持った多様な個人同士がコラボレーションしないと高い成果は期待できない。
そんな環境の中で、グローバル環境にさらされている企業は、組織と社員にこれまで以上の高い成果を求める。
どうすればもっと仕事ができるようになるのだろう。実力が発揮できないのは、仕事や会社が合っていないからなのか。いまの仕事の先に将来の自分の姿がみえない……。ひと昔前なら、上司や先輩社員の背中をみていれば、それらの問いの答えは自然と見つかった。いまはその上司や先輩も、答えを探して必死でもがいている。
だが、そんな現代においても、いきいきと働きながら確実に成果をあげ、自己評価と他者評価をともに手に入れているという人も、少ないながらたしかに、いる。
もしかしたら答えは、彼らの働く姿勢や考え方にあるのかもしれない。彼らがどのように、自分のキャリアをかたちづくっているのかを調べ、分析すれば、単なる勝ち組ではない、かといって自己満足でもない、目指すべきビジネスパーソン像の輪郭が、はっきりとみえてくるのではないだろうか。
私は、今日までかれこれ十年近くキャリアの研究を続けてきている。その結果、世の中ではキャリアというものが、ずいぶん誤解されているということもよくわかった。
その最たるものが、勝ち組・負け組という言葉に代表されるように、キャリアを勝ち負けでとらえようとする考え方。出世のスピードや給料の額を、キャリアを図る共通の物差しにして、勝った負けたとやるのはたしかにわかりやすいが、それはキャリアの本質ではない。
バリバリ働いてたくさんのお金を稼ぐことで満足する人もいれば、あくせく働くよりマイペースの人生を望む人もいる。
要するに、どんなキャリアが好ましいかは人それぞれ。「キャリアに勝ち負けはない」のである。
それから、最初に自分は何歳でこうなるという目標を立て、その目標に向かって計画的に積み上げていくというのもまた、キャリアの誤ったイメージだ。
数日や数週間、長くても数カ月を単位として行われる仕事なら、事前に達成目標を設定し、計画的に実行することには十分意味がある。しかし、キャリアというのは数年、数十年という非常に長い時間の積み重ねによってできあがるものなのである。
これまで人類が経験したことがないくらい変化の激しい時代を、私たちは生きているということを忘れてはいけない。一年先に何が流行っているかすらわからないというのに、数十年も先の世の中がどうなっているかを正確に予測するなど不可能だ。つまり、いま、自分はこうなりたいと思っていても、前提条件が変わってしまえば、目標そのものが意味をなさなくなってしまうのである。
たとえば、転職など考えず、現在の会社で出世の階段を上るキャリア・プランを立てたところで、途中で経営陣が入れ替わり、業態も変わって、社員に求められる能力やスキルも様変わりしてしまうかもしれない。目標があって計画を立てたら、あとは自分の意思でキャリア形成ができるなどというのは、いまや組織内ですら幻想でしかないのだ。
「キャリアは計画的につくれない」ということも、ぜひ覚えておいてほしい。
しかしながら、現実には満足度の高いキャリアをつくっている人と、そうでない人がいる。この差はいったいどこから生まれるのだろうか。
じつは、それを左右するのは、日ごろどのように仕事に取り組んでいるかなのである。もっというと、日々の習慣の積み重ねによって、その人のキャリアの質は決まるといっていい。
これは、私が慶應義塾大学のキャリア・リソース・ラボ(注・キャリアに関する研究組織)で行った数千人に及ぶアンケート調査や、ビジネスパーソン数十人のキャリアインタビューを通して得た結論であり、また、海外の研究者の間でも、最近は同様の考え方が主流になっている。
さらに、この前提に基づいて、「プレジデント」誌上の「MVP社員」「最優秀社員」「金メダル社員」特集に登場していただいた、日本を代表する企業で自他ともに認めるキャリア形成をしていると自他ともに認める人たちの個人分析をさせてもらったところ、彼らの仕事習慣には、明らかに共通点があるという事実が判明した。
本書ではそれを「九つの仕事の習慣」にまとめ紹介している。
それらの習慣が何であるかを知り、意味を理解しさえすれば、自分でも習慣化することは十分可能だ。そして、それはすなわち、MVP社員や最優秀社員や金メダル社員に、あなたもなれるということにほかならない。
そうして好ましいキャリアがつくれるようになることが、この本の目的である。ちなみに、好ましいキャリアをつくっている人というのは、ここでは以下のようなタイプであると定義する。このことを踏まえ「プレジデント」誌、また本書でも一部紹介している人たちのインタビューに目を通していただければ、より具体的にイメージできるだろう。
1、価値を創造し提供している人
生み出した価値を提供する相手は、あくまで顧客であって上司ではないというところがポイント。上司のウケがよくて出世が早いような人はここには入らない。また、自分だけが納得している自己満足型も違う。社会的に名誉を得たとか、外からみて成功しているようにみえる人も、価値の創造や提供を伴っていなければ好ましいキャリアとはいえない。
また、顧客に提供するのは価値であって、単に正しいことではないという点も押さえておく必要がある。コンサルタントを例にあげれば、たとえ正しい提案をしても、それがわかりきったことや実現不可能なことなら、顧客はフィーを払いはしない。顧客に対しヴァリュー感のある提案ができて初めて、コンサルタントなのである。
2、仕事を楽しんでいる人
高い目標へのチャレンジが本人にとって自然体である、いわゆる達成動機がとても高い人は、世の中で経営者やトップアスリートとして大きく成功している人に多い。その姿に拍手を送る人がいたとしても、自分自身が同じタイプとは限らない。そのような人が目標を設定し、無理をして歯をくいしばってその目標に突き進むような場合は、好ましいキャリアであるとはいいがたい。なぜなら、そのような働き方だと、途中で燃え尽きてしまう危険が高いからだ。また、仕事熱心にみえてもそれが、仕事をやっていないと不安でたまらないワーカホリズムゆえにそうしているのだとしたら、これもやはり同じ理由でキャリアの手本にはならない。
好ましいキャリア形成につながるのは、プロセスを楽しみながら、なおかつ結果も残すという働き方なのである。
同じ仕事に打ち込むにしても、ワーカホリズムではなく、自発的に仕事にのめりこんでいくエンゲージメント(愛着心・のめり込み)なら、これはまったく問題ないどころか、むしろ理想的といっていいかもしれない。
ただし、仕事を楽しむというのは、楽をするという意味ではない。楽をすることに価値を感じる人は、仕事にやらされ感があるからだ。やらされ感のある仕事を、うまく手を抜いてやったところで、それが好ましいキャリア形成につながらないのはいうまでもない。エンゲージメントの大原則は仕事への主体的関与である。
3、貪欲に成長している人
仕事というのは基本的にアウトプットだが、アウトプットばかりだと自分の身が細る一方なので、これでは長く仕事を楽しむことはできないし、たいしたキャリアも築けないだ
ろう。
好ましいキャリアをつくっている人は、仕事で成果を出しながら、同時に人脈や知見、専門能力といった資産を増やし、自分自身を成長させる働き方の習慣が身についている。アウトプットとインプットがトレードオフではなく、成果と成長のよい連鎖ができているといってもいい。
そういう成長に貪欲な人は柔軟性があるので、どんな仕事をしてもそこから何かを吸収しようとするし、仕事以外の私的な経験からも学ぶことができる。そして、そうやって獲得した資産が、また別の仕事や異なる局面で活きてくるから、その繰り返しでキャリアがどんどんいい方向に展開していくのである。
そう考えると、キャリアに無駄というのはそもそもないといえる。逆に、最初に目標を立てたら、関係のないことは極力排除して、最短距離で目標に到達しようという考え方では、学びと成長の機会が限定されてしまうので、結局痩せたキャリアになってしまうのだ。