晩嬢という生き方

晩嬢という生き方
[著]山本貴代
価格:1,500円(税込)

はじめに──

 今朝、通勤電車の中で、朝刊に目を通すとてもチャーミングな女性を見かけた。年齢は35歳前後だろうか。結婚指輪はしていないが、未既婚は不明だ。爪先は、丁寧に磨かれカルジェルが施されているから、たとえ既婚者でも子供はいないだろう。パンツスーツだが、バリバリではなく、細部にフェミニンな匂いを感じるデザインだ。バッグは、A4の書類が入るほどの大きさ。PCも入っているかもしれない。80年代OLとは微妙に違った肩の力の抜けたオーラを感じた。このような女性は、たまに見かける希少生物ではない。今や、目を凝らすと、一車両に1人は必ずいる存在だ。

 さて、数多くの書籍から今、この本を手に取ったあなたは、何を期待して見開いたのだろうか。この本には、冒頭で紹介したような一見では理解しがたい30代女性たちの真実がぎっしりと詰まっている。恋愛、消費、旅行、出産、仕事、衣食住生活、美意識、欲望、人生観……。都会に生息するわりと先端の消費をする女性たちの実態だ。最後までパラパラと読めば、もしあなたが日頃、この種族と接することがないとしても、もはやひとくくりにはできない現代女性の心理をぼんやりと理解するようになるだろう。あなたが同じ年頃の女性なら共感するだろうし、年下ならこれからの人生の参考にしていただきたい。あなたが男性なら、この年頃の女性とうまく付き合えるようになるかもしれない。女性商品やサービスでビジネスを考えている方なら、複雑な心理を解読する一助となることを期待したい。

 女性の労働率は4年連続で増加し、厚生労働省のデータ(2008年3月28日発表)によれば、30代女性の「労働力率」は男女雇用均等法施行後、確実に増えていることが見て取れる(30~34歳:50.6%〈1985年〉→64.0%〈2007年〉)。元気で溌溂とした30代女性たちが世の中を闊歩して、またしても、女性の時代が来ている感のある今、彼女たちのライフスタイルも、刻々と変化し続けているに違いない。

 今から10年ほど前には、パラサイトという生き方がクローズアップされていた。30歳になっても親元で暮らす独身男女が経済を悪化させていると、問題視されたものだ。そうしたなか、私は、『ノンパラ~パラサイトしない女たちの本当~』(マガジンハウス刊)という本を書き、一人暮らしに光をあてた。消費を停滞させるというパラサイトを憂いても何も変わらない。そうではないほうの人々に注目すれば、経済も今より少しは良くなるのではないかと思ったからだ。
 『ノンパラ』は親の援助を借りず、1人の力で泣いて笑ってがんばって、都会で生きる30代の働く未婚女性たちの姿を追いかけたものだ。213人の首都圏未婚30代にアンケート調査をして、10人の生活をドキュメントタッチで深く描いていった。そこから見えてきたものは、一人暮らしゆえの「贅沢」や、精神の安定を図るためにさまざまな「自己沈静消費」をしている姿であった。
 彼女たちは家族がいないぶん、感情をコントロールしてくれる装置を自分の部屋に求める。自分の部屋を心地よい「癒し城」に仕立てあげていた。自分1人で使うからこそ、石鹸ひとつを吟味して買い、父や兄弟に見られないからこそ下着にも凝る、悪を払い幸福を呼び込むための「幸具」をあちこちに飾る、将来を見据えてマンションを購入するなどなど……。パラサイトOLにはない生活とお金の使い方がそこにはたくさんあった。

 思い返せば、80年代は一人暮らしをする女性はまだまだ少数だった。今では考えられないかもしれないが、「一人暮らし」というライフスタイルは、就職にも結婚にも不利な時代であった。親元から離れた娘の形容詞は、「自立した」ではなく「ふしだらな」だったかもしれない。たった20年だけれど、時は進み都会は一人暮らしにはとても心地よい場所と変化したのだ。
 『ノンパラ』の取材から約10年経ってさらに晩婚化が進んだ今、もはや一人暮らしは特別なことではなくなり、30代全体が、いやそれ以上の年代も、かつての『ノンパラ』がしていたような「心の安定を求める消費」を日夜せっせとしているのも事実だ。見わたせば、この10年で、街にずいぶんと「精神の安定を図るインフラ」が増えた。パラサイトでもひとりで行動する女性は多く、男性がうらやむほどに軽やかに女性たちは世界中に飛び出して、精神安定や人生を楽しむための消費をしているのだ。
 生き方に関していえば、下の世代は上の世代を参考にしていいものは取り入れ、悪いものは消し去る。80年代入社女性のいいところを90年代入社女性はまねして、加工して生きているというわけだ。
 どんどん進化していく。女性を見ていると、その生き方は男性よりも、ずっとクールでドライに見える。

 輝いている彼女たちの多くはシングルで、確実に晩婚・晩産は進んでいる。これまでマジョリティだった標準世帯(両親+子供2人)が、単身世帯に抜かれたのは、昨年(2007年)のことだ。もはや、日本で標準と呼ばれる世帯は、「一人暮らし」の人々となったのだ。ここには単身高齢者が多く含まれるが、未婚の男女も数多くいることに間違いはない。上のイラストを見るとよくわかるが、晩婚化は確実に進んでいることがわかる。それによって、おのずと晩産も進む。当然、子供がいる世帯は減少していく。

 男女雇用均等法施行から20年が経った今、それに伴い女性の生き方はずいぶんと変化をとげた。男性と同じように働けば、制度が変わらないかぎり、いろんなところに無理は出てくる。ライフスタイルの急激な変化は、やがてカラダや心にストレスを生むことにもつながったと思う。80年代後半に社会に出た女性たちは、その波をもろに被った世代だった。女として今までやってきた仕事はそのままに、プラス仕事もばりばりしなければならないとなれば、どこかに歪が生じるのは当たり前だ。時代はバブルで浮かれていたものの、日本の社会はそれほど女性に甘くなかったはずだ。それが晩婚化、ひいては晩産化を促した。
 90年代入社女性はどうだろう。20代のうちはどうすることもできないまま、上世代にならって、バブル崩壊のなかを漂っていたかもしれない。流されたまま、気がつけば30代後半という独身組もいるだろうし、着々と独自のライフスタイルを編み出した者もいるだろう。制度の改革が進むなか、今年はもう、2000年入社組が30代になろうとしている。しかし考えてみれば、まだ雇用均等法施行から、たった20年しか経っていないのだ。女性に対する理解はされはじめたばかりで、長い歴史から見たら、まだまだ女性は変革期といっても過言ではないだろう。

 変革期の真っ只中にいる30代以上の女性たちを理解することには、日本の経済を考えるうえで重要なヒントが数多く隠されていると私は思う。30歳も過ぎれば、パラサイトならなおさら、ノンパラだって可処分所得は十分にある。彼女たちは自身が輝き続けるためには、惜しみなく財布を開く世代なのだ。20代と違うのは、自分で将来を見据えて消費をし始めるというところではないか。結婚をしていても子供がいなければ、消費が縮小することはない。夫婦2人で稼げば、衣食住のベースは高く、海外旅行やエステなどの出費にうねうね悩むこともない。
 いつか結婚するために、いつか子供を産むまではと、女たちはボディと心を磨き続けるはず。だから、40代になっても、30代と見間違う女性も多くいる。一歩進んだハリウッド女優の間では、未婚で養子をとり、そのあとに子連れで結婚するというケースが増えているという。今では驚くライフスタイルだが、そんな可能性だって、日本の女性たちにそのうちやってくるかもしれない。

 年齢的にもボリューム的にも、今、日本の中心にいる30代以上の女性たちを、さまざまな角度から考察することが、日本の経済の方向を少しでも理解する材料になれば幸いだ。彼女たちは、今後、日本の社会に、そして家庭に、さまざまな影響を与えていくであろう。それは今までの30代とも違い、さらには、進化した明るい未来をもたらすに違いない。

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